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高松高等裁判所 昭和25年(ネ)43号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人江原町農地委員会が控訴人所有の別紙目録記載の宅地建物につき昭和二十三年七月二十六日為した自作農創設特別措置法による買収決定並びに同年八月二十一日異議却下の決定はいずれもこれを取消す、被控訴人徳島県農地委員会が同年十月一日為した訴願却下の裁決はこれを取消す、訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とするとの判決を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は控訴代理人において訴願棄却の裁決書の謄本の交付を受けた日は昭和二十三年十月一日頃である、本件宅地建物は県道たる撫養街道に面し建物は商店向に建築せられ附近は人家稠密し江原小学校に近く従来控訴人の父祖その他居住者において日用品及び文具類を販売し来り宅地の余剰地を菜園に充てた外農耕に使用したことはなく本来農業経営には適しないものである。訴外丹羽見吉は従来精米製粉を営み農耕に従事したことなく昭和二十一年六月頃訴外岡本惣太郎より三反一畝二十八歩の農地を買受け其の内一反四畝二十二歩の耕作を始めたものであつて本件宅地建物と右農地(解放農地)とは右買受け前は勿論その後も各所有者を異にし両者間は農業経営上従属性がないと述べ、被控訴人等代理人において訴願棄却裁決書の送達の点は争はないと述べた外いずれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

(立証省略)

理由

被控訴人江原町農地委員会が訴外丹羽見吉の買収申請により控訴人所有の別紙目録記載の農地につき昭和二十三年七月二十六日自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第十五条により買収計画を樹てたこと、之に対し控訴人は適法な異議の申立をしたところ右被控訴人は同年八月二十一日異議申立を却下したので更に控訴人は被控訴人徳島県農地委員会に訴願したが同被控訴人もまた、同年十月一日訴願棄却の裁決をしその裁決の謄本が同日頃控訴人に送達せられたことは当事者間に争のないところである。よつて先づ右丹羽見吉が本件宅地建物の買収申請をする資格があるか否かについて考へて見るに被控訴人町農地委員会が訴外秋山真吉の申請により自創法第三条第五項第六号に基き同訴外人所有名義の控訴人主張の土地数筆につき政府買収計画を定め次いで右丹羽見吉がその売渡を受けたことは当事者間に争なく原審証人秋山真吉、同丹羽見吉及原審並びに当審証人市橋正の各証言を綜合すれば前記の各土地は元、秋山真吉の所有であつたが同人より昭和二十年十月頃訴外岡本惣太郎に同訴外人よりその頃右丹羽見吉に順次売渡されたものであつてその登記手続が延びている間に関係者協議の上右秋山真吉より右丹羽見吉に直接所有権移転登記手続をすることになつたところ昭和二十一年十一月頃右両名の合意により右売買契約をそれぞれ解除し原状に復することとしその所有権を右秋山真吉に回復せしめ右土地を右丹羽見吉が耕作していたが右秋山真吉より前記の如く買収申請がなされたので被控訴人江原町農地委員会は買収計画を樹て政府において買収をなし次いで右丹羽見吉は右の資格に基きその売渡を受けたことを認めることができるから買収申請人の秋山真吉に右土地の所有権がなかつたとは謂えないのみならず右丹羽見吉にその売渡を受ける資格がなかつたものとも謂えない。前顕証人丹羽見吉、原審証人佐藤林吉、同佐藤道夫、同中谷三郎及当審証人佐藤清吉の各証言を綜合すれば右丹羽見吉は昭和十三年三月以降精麦、製粉業を営んでいたがその間副業とは云え役畜を使つて農耕に従事し右売渡を受けた当時には控訴人主張の前記土地を耕作していたことが認められ右認定に反する当審証人多田一技及び当審における控訴人法定代理人三宅信行本人の供述は措信し難く甲第十八、第十九号証、原審証人佐藤林吉、前顕証人市橋正の各証言によりては右認定を覆すに足らず他に右認定を覆すべき証拠はない。従つて右丹羽見吉は農業を営むものと謂ふに妨げない。

尚一旦前記の如く農地の買収や売渡がなされた以上その取消の処分又は裁決のなされたことが現れない本件においては右丹羽見吉の右土地売渡を受けたことは最早動かされない事実と見るの外はない。

以上の事実を綜合して考へれば右丹羽見吉は自創法第十五条に基く買収申請資格の備はつていたものと謂ふことができる。次に本件の宅地建物につき丹羽見吉が賃借権を有していたか否かの点を考へて見るに控訴人の前所有者たる三宅カクが昭和十三年二月十四日右丹羽見吉に対し存続期間同年三月一日より向う十ケ年その他控訴人主張の如き約旨で右宅地建物を賃貸したこと及び控訴人が昭和十八年一月十日その所有権を取得し賃貸人の地位を承継したことは当事者間に争なく控訴人が昭和二十一年十二月十八日右訴外人に対し更新拒絶の通告をしたことは成立に争のない甲第三号証によりその後昭和二十二年四月頃及七月頃右訴外人に対し控訴人の母が期間満了せば宅地建物を明渡され度き旨請求したことは成立に争のない甲第十三号証、同第十六号証により明かであるから法定期間内に更新拒絶の通知をしたものと解することができる、よつて右更新拒絶について正当の事由があつたか否かを考へて見るに前顕甲第十三号証、同第十六号証、前顕法定代理人三宅信行本人の供述を綜合すれば控訴人の父信行は琴の師匠をしたり古物商を営んでいるが、ともに収入少なきため肩書の脇町に居住することが困難であるので養鶏等や文具商を始めるため本件宅地建物を自ら使用の必要上更新拒絶の通知に及んだものと認められる、けれども前顕右各号証、成立に争のない甲第十五号証、乙第九号証、前顕証人丹羽見吉、同中谷三郎の各証言、前顕法定代理人三宅信行本人の供述の一部及び弁論の全趣旨を綜合すれば控訴人方は控訴人と父母の三人暮しでその住家も昭和二十二年十二月末頃買入れて所有するものであるに反し右丹羽見吉は妻子五人を有し右のとおり農業兼精麦製粉業を営み本件建物は農家向ではないがその一部を事実上農作物の収納所その他農業の用にも供しており他に移転すべき家屋もなく本件宅地建物なくては農業を営むに多大の困難を生ずる状況にあることが認められ右認定を覆すべき証拠はない。

以上の事情を綜合して考へるときは控訴人の更新拒絶に正当の事由あるものとは認められない。

然るに控訴人は本件宅地建物は本件買収農地との間に直接の従属関係がないから自創法第十五条第一項第二号に基いて買収し得べき限りでないと主張するけれども、右第十五条の立法の趣旨は農地改革によつて自作農となるべき者が将来農業経営をして行く上の基盤を鞏固にし農業生産力の増強を図らんとするためであるから同法第十五条第一項第二号掲記の宅地その他についても農業経営と全然関係のないものの買収はこれを許せないが苟も当該自作農となるべき者の農業経営に必要である限りこれが買収を許す趣旨であると解するを相当とすべくこれを控訴人主張のように狭く解さなければならない根拠はない、しかして本件において右丹羽見吉は本件建物に居住しているのみならず収獲物農具等の収納その他農業経営の目的で使用していることは当事者間に争のないところであるから本件宅地建物は同人の農業経営について必要なものと謂ふべく買収し得べきものであることは言を俟たないところである故に右主張は理由がない。

次に控訴人は本件建物は商店向に建築せられたもので構造上農業用施設としては不適当であるから斯様な建物を買収するのは違法であると主張するけれども前段認定の如く自創法第十五条の立法趣旨は同法によつて農地の買収を受け自作農となるべき者にその農業経営上必要とする施設、物件等を取得せしめてその自作農たる地位を強化し以て農業生産力の増強を図らんとするにあるから買収し得べき建物は必ずしも客観的に農業用施設たるに適する構造を具備するものに限ると解すべきではないのであつて右の立法趣旨に副う限り当該自作農となるべきものがその農業経営上必要とする建物はたとへその構造が商店向に適しているとしても買収することができるものと解するのが相当であるから本件建物が仮にその構造上農業用施設たるに適しないとしてもそれだけの理由では直に以て本件買収計画を違法とすることはできない故に右主張もまた理由がない。

然らば本件宅地建物について被控訴人江原町農地委員会のなした本件決定並びに被控訴人徳島県農地委員会のなした本件裁決はいずれも正当であつて何等違法の点なく右決定並びに裁決の取消を求める控訴人の請求は不当であつて到底棄却を免れない。

よつて右と同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条によりこれを棄却し訴訟費用につき同法第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。(昭和二六年七月三日高松高等裁判所第二部)

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